第5章 渋草焼
飛騨の窯のうち、全国的に最も有名な窯が渋草焼です。しかしその道のりは天保12年の創業時から波乱に富んだものでした。

・戸田柳造と曽我徳丸

当時の飛騨郡代豊田藤之進は、殖産興業に力を入れた人物でした。天保13年(1840年)瀬戸から再び戸田柳造を招き、陣屋出入り商人・中村屋七兵衛に費用を引き受けさせて、今度は小糸焼と反対側の山のふもとに窯を開きます。

小糸焼では失敗した磁器製造でしたが、巣山村(岐阜県吉城郡神岡町)に良質の陶石を発見し、ついに、柳造は、飛騨国産初の磁器製造に成功します。

数年後、九谷より3人の画工を呼び寄せ、ここに半官半民の渋草焼が始まります。
飛騨のやきもの年表

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