第6章 終わりに
以上、飛騨のやきものの歴史をおおまかに俯瞰してきました。金森時代、天領時代、そして明治以降と、それぞれの時代に合わせて、やきもの製造の形態も大きく変化してきたことがわかります。

新しい産業を成り立たせようと、悪条件の地で奮闘した先人たちには頭が下がります。

わずかに陶土をどうやって見つけたのか、冬はどうしていたのか、その苦労はいかばかりでしょう。

窯跡に行き、当時焼かれた陶片のカケラを見るたびに、私も陶芸に携わる者として、当時の陶工の心持が伝わってきます。

一方では、旦那衆という財力あるパトロンを得て、渋草焼という全国に誇れるやきものを生み出しました。その歴史は絢爛豪華な高山祭り屋台と全く同様、旦那衆と職工との力の入った仕事であるといえましょう。

高山の旦那道楽の頂点に位置する
「高山祭り屋台」
当時の旦那衆と職人の気合がこもる

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