●飛騨民俗村の使命 ●よくある質問 ●飛騨の里誕生物語
■飛騨民俗村の使命とは
昭和30年から40年代の高度成長期には、ダム建設や過疎により、飛騨地方ではいくつもの村落が消滅の運命にありました。飛騨民俗村・飛騨の里には、こうした運命から救った合掌造りなどの古い家屋30軒以上と民具約8000点を収集・保存しています。

これらは今や、時代から取り残されてしまった過去の遺物です。こうした過去にこだわる飛騨民俗村・飛騨の里の存在理由とは何でしょうか?なつかしい日本の故郷としてのノスタルジーなのでしょうか。いいえ、そこには使命をもって生まれてきた飛騨民俗村の姿があります。
■飛騨の里は日本の縮図
飛騨は気候が厳しく貧しい土地でした。飛騨の里の背景にはそんな中で、知恵を絞り、手の技をもって生き抜いてきたひとびとがいます。世界において、日本という国が置かれた状況も全く同様と言えるでしょう。エネルギーも食糧にも乏しい我々日本人は知恵と技を働かせる以外に生きる術はありません。しかし、いま、日本人はこのことを忘れ去ろうとしているかのようです。

■飛騨の里は未来の日本人への
 贈り物

私たちが飛騨の里で感じていただきたいのは、昔の日本人が培ってきた、現代に通じる「自然への深い眼差し」と「知恵の集積」です。それらは民家の柱一本、草鞋一足に至るまで、ぎっしりと詰まっています。私たちがダムに水没する合掌造りや朽ち果ててゆく民具を救い出したのは、これらを未来の日本人にしっかりと伝えるためなのです。

未来を知るためには過去を知らなければなりません。
飛騨の里は未来への鑑として、日本人の進むべき道を示してくれると私たちは確信しています。
■"生きた博物館" 飛騨の里
私たちは民家や民具を単に展示するのではなく、皆さんになるべく当時の生活に触れてもらえるよう努めています。囲炉裏には火が入り、小川が流れ、水車が回る…。かつてはどこにでも見られた農山村の風景が、飛騨の里には再現されています。入館者は、柱に触り、囲炉裏に腰掛け、昔の人の営みを肌で感じることができます。
これが飛騨民俗村・飛騨の里設立当初からの理念、すなわち
「生きた博物館
(Living Museum)」です。


■入館者の方へ
民家を昔のままの姿で維持することは手間もお金もかかる事業です。一方、飛騨の里では農山村の民俗文化に関する学術的な調査・研究を継続的におこなっています。また、教育施設として、たくさんの子供たちや学生を受け入れています。

これらの事業は、飛騨の里の入館料によって賄われています。皆さんからいただいた入館料は、「日本の未来」への尊い寄付として大切に使わせていただいているのです。

古い木造建築には、今の建物では見られなくなった構造や様式が数多くあります。民家についての文献が残っていることは少なく、時にはその建築部材が貴重な資料となります。飛騨の里に移築する際に初めて分かったこともありました。
飛騨民俗村にある民家の保存や修理には、特別な手だてが必要です。そのいくつかをご紹介しましょう。

囲炉裏の火を毎日絶やさない
囲炉裏からでる煙による薫蒸が、害虫を駆除し、腐りをおさえて保護してくれます。それを一年中休むことなく続け、人が生活している環境を維持します。

茅葺き屋根の修理

茅は水に強く、20〜30年の耐久力がありますが、時間がたつにつれところどころ腐ってきます。そこで毎年サシガヤといって、部分的に茅を取り換える作業が必要です。飛騨の里では、合掌造りの故郷のひとつ荘川町から、杉山さんが毎年サシガヤ作業に来てくれています。
榑葺き屋根の修理
榑板の耐用年数は5〜6年。飛騨の里ではクレヘギという榑板を作る作業を公開しています。できた榑板は榑小屋で乾燥させます。古くなった榑屋根は、クレヘギ実演もしている山口さんが葺き替えています。

冬の前の消防訓練

毎日囲炉裏に火を入れる民家は、もっとも火災に注意しなくてはなりません。各民家にはドレンジャーという放水装置が設置されています。毎年雪が降る前に、飛騨の里では消火装置や消防車の出動による消防訓練を実施しています。

伝統行事の保存と公開
飛騨のさまざまな伝統行事を再現し保存に努めています。
飛騨各地の伝承芸能を習う子供たちに発表の機会
「飛騨の里まつり」で提供しています。

体験イベント
花餅作り・しめ縄作りなどの飛騨の行事や、水鉄砲や竹トンボ作りを体験するイベントを開催しています。また今では見られなくなってしまった冬の生活や遊びも体験していただけます。

 
 
課外学習・民芸教室
高山市内や周辺の小中学校の課外授業として、飛騨の里に生徒たちを招待して祖先の暮らしを知ってもらいます。
また刺し子やわら細工などで、手作りの楽しさを体験できる民芸教室を開いています。
飛騨高山ボランティアガイド
かつて高山市の教職員だった方などが、ボランティアで飛騨の里館内施設のガイドをしています。ご希望の方は管理事務所にお申し出ください。
ガイド期間:4月〜11月
   

常日ごろのメンテナンスばかりでなく、「炭焼き」などの生業もこなさなくてはなりません。

民具作りの技術を活かして、飛騨の里の古い民家で製作実演を見ていただいています。

茅葺き屋根や榑葺き屋根の補修ができる人は、飛騨でも少なくなっています。
保存業務員には前述した「保存する使命」にある作業ばかりでなく、飛騨の里で行われる伝統行事や生業に携わることも、大切な仕事です。
スタッフは全員、それまでそれぞれの職場で働いてきた経験を生かすことのできる人生のベテランたち。しかし、たとえば電気工事技術については詳しくても、炭焼きなどは勝手が違います。この時、飛騨の里に炭焼き小屋ができてから30年以上積み重ねられ、伝えられてきた経験が生きてくるのです。
こんな折に、“保存する”ことが“伝える”ことにもなるのだと実感しています。
飛騨に伝わるさまざまな民具。現在の家庭ではなかなか見ることができなくなっています。しかし自然素材で、実用性に富むことから、今でも愛用者は手放せないといいます。自然から得たものを利用し、使い終わったら自然へ返す。究極のリサイクルがそこにはあります。
私たちはそんな民具たちを、後世にまでしっかり伝えていきたいと思っています。大量生産が見直されている現在は、古い民家で実演されることの情緒だけでなく、こうした民具の存在が貴重なのです。
飛騨民俗村では、地元で民具作りに携わってきたお年寄りに、実演をお願いしています。そこには後世に残すという使命感より、作ることを楽しんでいる姿があり、それも大切なことなんだなあと気づかせていただきました。
民具作り実演の紹介へ移動

日本各地から茅葺きや榑葺きの民家が、ほとんど姿を消してしまいました。そのため屋根の葺き替え技術は、古い民家が保存される特定の地域にしか残っていません。
飛騨地方では荘川町や白川村の茅葺き民家の葺き替えが、大切に伝えられてきました。榑葺きにいたっては、その技術を伝える人はほとんどいなくなりました。(かつては農民自身で家を造っていたので、榑葺き技術はポピュラーでした)
飛騨民俗村の古い民家の屋根を修理したり、葺き替えたりするときは、そんな貴重な技術を持つ数少ない人にお願いしています。特に榑葺きは飛騨民俗村の保存業務員が、その技術を習得し伝えていく努力もしています。

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